共和国脚歩 上 全5枚組 DVD 2011/9
苦難に満ちた社会主義国家建設への道程・渦巻く権力闘争、悲惨な結果を生んだ政策や政変、輝かしい現代中国への変貌の経緯と、今まで謎とされていたその実相に迫るドキュメンタリー。1949年から1978年までの出来事を収録
皇帝たちの中国史 2023/8 宮脇淳子(著)
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侵食される民主主義 下 内部からの崩壊と専制国家の攻撃 2022/2 ラリー・ダイアモンド(著)
民主主義国は中国とロシアの「見えない侵略」にさらされ、ポピュリズムで自壊している。このデモクラシーへの警鐘を・・
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戦後中国の歴史 (大国への道)
建国・文化大革命   市場経済へ   調和社会建設   歴史年表

 

◆戦後中国の歴史の概観

第2次世界大戦終了後、国共内戦を制した中国共産党は、中華人民共和国建国、国土の武力統一後(1951年)、「大躍進運動」・「文化大革命」・「経済の改革・開放、天安門の悲劇(1989年)」と経済建設での路線闘争を乗り越え、「社会主義市場経済の導入(1992年)・WTO加盟」を果たし、経済の浮揚・飛躍的な経済成長をなし遂げ、現在もなお高度経済成長を続ける経済・軍事大国となりました。

戦後の国際体制は、東西冷戦構造による軍拡・緊張の時代を経験した後、「ベルリンの壁崩壊・冷戦構造の終結(1989年)」・「ソ連邦崩壊(1991年)」・「社会主義諸国の市場経済移行」を通して、軍縮・融和の時代へと変遷しました。この間の中国外交は、「抗米・中ソ友好」・「中ソ対立(1963年)」・「米中接近(1979年)」・「中露関係の正常化(1989年)」と紆余曲折を経て、経済建設を優先する全方位等距離外交転換しました。

その後、「朝鮮の核査察制裁(1994年)」・「米国同時多発テロの発生(2001年)・アフガン戦争」・「イラク戦争(2003年)」・「朝鮮の地下核実験(2006年)」・「イランの核疑惑」等々、貧困問題・紛争問題を抱えるイスラム社会先進諸国との対立が激化、核拡散の危機・対テロ戦争の脅威が日常的に増大していくことになりました。

そして、途上国の経済発展に伴う希少・有限資源(ご参考)の争奪外交の横行、資源国の資源国有化等戦略的外交の展開、BRICs等途上国の経済発展による軍事費増加・軍備近代化等とも相まって、近年の国際社会をリードする米国1極集中対抗する形で、中国外交はロシア・ASEAN等の途上国・資源国との連携を強化多極化に向けた外交戦略を模索することに。

また、中国の経済優先の政策は、高度成長と共にその社会的弊害を露呈し、内外の批判に応える形で、経済至上主義よりの転換を表明(2007年)、科学的発展観に基づく和諧社会の建設を目指すことになりました。

内政面では貧富の格差の解消、農民の社会保障・教育の充実、汚染の進行する国内環境対策の促進、外政面では経済・金融の継続的規制緩和の実施、輸出品の安全確保と機構の整備、省エネ等資源効率化地球温暖化対策への協力、著作権含め製品の海賊版対策の実施等多方面に渡る対応を、共産党指導による多党協力制度(現行専制体制。2007年11月:政党制度白書)の中で実施していくことに。(関連記事:内政   経済   金融

 

 

◆戦後中国の歴史の足跡

 内戦・建国、国家基盤の確立  1945年〜

中国共産党は、世界大戦後の国共内戦を征し、1949年10月に「中華人民共和国」を建国、その後人民解放軍による全国平定の軍事行動で、1950年4月までにチベットを残し平定を完了国民党政府は、敗走の中遷都を繰り返し、1949年12月に台湾旅行体験)に移り中華民国を継承歴史参照)、中国統一の課題として今日まで残ることに。チベット問題は、チベット地方政府との協議を通じ、1951年5月にはチベットの平和開放を宣言し、全土の統一と保全を完了。

新政権は、旧政権(蒋介石一族)の資産・企業の没収、基幹産業部門の国営化による国家統制の強化と、旧社会基盤である地主の封建的搾取体制を崩壊させる土地改革により、農村での支持基盤を整備して国家基盤を確立。土地改革は、1952年までにチベット・台湾を除き全土で完了されるも、生産手段の細分化・過小農の大量発生という非生産性の問題を残すことに。

戦後の米国は内戦不介入の政策で、中国の共産化を助長してしまい、米ソ対立・東西冷戦が進展する中で、周辺の韓国台湾政権を支援、ソ連傾斜が鮮明化(中ソ友好同盟相互援助条約:1950/02)する中国の封じ込めに入ることに。このような中、朝鮮戦争勃発(1950/06)し、やがて国連軍・米軍、中国志願軍(中国国境鴨緑江の防衛を機に)が参戦する、悲惨な同一民族間の戦争へと展開、そして38度線での戦線膠着・消耗戦の状態を期に、1953年に休戦が成立(ご参考:朝鮮半島の歴史   日本の占領政策の転換   日本の独立)。

休戦後の第1期全人代(1954/09)で、生産手段(農業・手工業)の集団所有制、工商業の国有・国営制とする憲法が制定され、富強の社会主義中国の建設をめざすことに。この結果、共産党の指導(独裁・専制)と社会主義への移行が前面に登場。

 共産化・大躍進運動、経済停滞  1956年〜

共産党政権は、党大会(1956/09)で社会主義革命の基本的完成をうたい、農業国から工業国への転換を宣言。経済建設の慎重派との路線闘争の中、強大な社会主義国家の早期建設に向け「大躍進運動(1958/05)」と、農村の早期共産化のための「人民公社」建設を促進。性急な共産化促進運動が、農民の抵抗と生産性の後退をを発生させ、また折からの各地の自然災害(1959年から3ヶ年)とも重なり、多数の餓死者経済の停滞を招くことに。

大躍進運動の失敗から毛沢東は大躍進の自己批判を実施(1962/02)、実務派の経済再建策を黙認することに。しかし、修正主義の台頭を危惧して、階級闘争の重要性を強調し、農村・都市に社会主義教育運動を展開(1963/05)、後の文化大革命の端緒に。

この間外政面では、金門島砲撃事件(1958/11)での中台間の緊張拡大、社会主義化を恐れたダライ・ラマを擁したチベットの武装蜂起(1959/03)、そして亡命先のインドとの国境紛争(1959/08、1962/10)の発生、米国との平和共存を優先するソ連との政策対立の表面化(1962/12)、トンキン湾事件に起因した米国の北ベトナム爆撃(1965/02)へ対抗して北ベトナムへの経済支援(1965/07)の実施等周辺問題・米ソとの対立で孤高を強めることに。

ソ連との友好から対立への関係転換は、ソ連の平和移行政策への批判(1957/11)、中台の金門島砲撃事件で米国との平和共存を優先するソ連の姿勢、中印国境紛争でのソ連のインド支持等を契機に、くすぶり続けた関係が悪化し、ソ連の平和共存策の批判(1960/01)、ソ連の科学技術協定の一方的破棄、技術者撤収(1960/07)を経て対立が表面化、中ソ共産党会談決裂(1963/07)を受けて決定的に。

 

 文化大革命・路線闘争激化  1966年〜

路線闘争の中で、文化領域での主導権確立と走資派の排除を目的にプロレタリア文化大革命(1966/05)が始まり、紅衛兵による伝統文化の破壊・反体制派の粛清・高等教育の停滞等国勢が長期にわたり低迷する中で、軍部の影響下で毛林体制(後継者指名に林彪:1969/04)が形成されるが、その後の毛林対立によるクーデター未遂で、林彪はモンゴルで墜死(1971/09)することに。

党大会(1973/08)での文革継続の決定と共に、紅青等4人組が台頭、また復活したケ小平等実務派との間で路線対立が激化。第4期全人代(1975/01)で4つの現代化(農業・工業・国防・科学技術)が提起され、社会主義強国の建設を目指すも、第1次天安門事件(民衆と軍警衝突:1976/05)・毛沢東死去(1976/09)後の後継闘争・4人組逮捕(1976/10)と内部闘争が継続。党大会(1977/08)での文革終了宣言と共に、文革批判の流れ・ケ小平の再復活等で、毛路線との決別・実務派への指導権の移行が鮮明に。

米国との長期間にわたる反目の中で、ソ連の中国共産党批判(1966/08)・ダマンスキー島での軍事衝突(1969/03)・新疆地区での国境紛争(1969/08)とソ連との対立が激化、中国外交は、ソ連覇権主義の脅威を強く意識するようになり、外交的孤立の転換を模索。

このような中で、国連総会(1971/10)で中国の代表権の回復台湾は中国に帰属)を契機に、深刻なドル危機・泥沼のベトナム戦争で混迷を深める米国は、アジアへの過剰介入を転換する政策変更(中国との和解無しにはアジアの平和は無い)を実施して、また、中国は外交的孤立の転換を図るために米中共同宣言(1972/02)による米中関係改善を実現することに。また、日中国交正常化(1972/09)・ECとの外交関係樹立(1975/09)・中印国境正常化(1976/04)と経済発展に向けた基礎固めも促進。

 

 

 



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<ある春 (栃木 足利FP)>

 

 経済の改革・開放、民主化停滞  1978年〜

世界の流れはベルリンの壁崩壊(1989/11)、米ソ首脳のマルタ会談(冷戦終結宣言:1989/12)と東西冷戦構造が融和・崩壊の方向へと転換する中で、ソ連の市場経済への移行(1990/05)、ドイツの統一達成(1990/10)、ソ連邦の崩壊(1991/12)と共産主義圏社会は大きな変貌を遂げることに。また、米国・イランの断交(1980/04)、数度に渡るイラン・イラク戦争(1980/09発生、1988/10終結)の発生、イラクのクエート侵攻に端を発した第1次湾岸戦争(1991/01)の勃発、ソ連のアフガニスタン介入(1979/12)、撤退(1988/05)とアフガン内戦(1989/12)の激化等、先進諸国の体制とイスラム圏社会との確執の発生・火種が内包される新たな時代を形成。

文革後の中国は、文革派4幹部の解任、党員憲法(脱毛沢東:1980/03)公布、党大会での歴史的決議(毛評価:功績第1、誤り(文革)第2:1981/06)により実務派路線の政策促進を確定。そして、4つの近代化路線(経済の改革・開放:1978/12)の提唱、民主化強調・所得4倍増計画の提案(1982/09)、全人代での憲法改正(民主制の拡大)・人民公社廃止(1982/12)決議等により、集団生産から生産請負制度と超過利潤の処分権保持への生産方式の転換、合弁法の導入、自給自足・物資供給制より商品生産・市場経済の導入等の経済改革を推進することに。

また、技術・経営ノウハウ・外資導入(1986年より地域限定を撤廃)のために、経済特区の設置(深せん等:1980/05)・順次拡大(沿海地帯・・:海南島:1988/03)を進め、輸出産業の育成を図りつつ経済の浮揚・拡大を実現することに。しかしながら、主要商品の価格統制下(農産品・原材料・エネルギー・生産財の低価格維持)での所得増加が、「浪費と消費拡大」につながり急騰するインフレに苦しむことに。価格改革を棚上げしてインフレ抑制に取り組む中、民主化要求の第2次天安門事件(インフレ抑制・経済改革)が発生(1989/06)、事件後の外資撤退による投資減・輸出減から経済成長は一時的に停滞局面に。

改革推進派と慎重派の対立の中、経済改革と共に西側民主制導入等の政治改革も論議されるが、改革推進派への経済運営の批判(輸入増・財政赤字・インフレ招来)、天安門事件(民主化・インフレ抑制・不正排除・生活不安改善・経済の改革・開放)の発生・武力制圧等を経て、4つの基本原則堅持の経済改革派(慎重派)が主導権を握ることに。

民主化の流れは、改革推進と社会主義的精神文明建設の妥協策の決議(1986/09)、4つの基本原則(共産党主導・マルクスレーニン主義・毛沢東思想・社会主義の道)堅持の改革・開放(1987/10)という体制内の動きと、対外開放による世界の情報の流入・外国文化への欲求等の価値観の動揺、民主化要求の学生デモ等の民意の動きの中で、第2次天安門事件(1989/06)の武力弾圧で清算されることに。

民主化要求運動は、合肥での民主化要求学生デモの各地への拡大(1986/12)、天安門広場での民主化要求学生デモ(1987/01)、天安門広場に百万人が集結・北京に戒厳令布告(1989/05)等を経て、反体制の動きを封じるため軍・警察による武力制圧がおこなわれ、多数の死者が出る悲劇の天安門事件の発生に。ケ小平は責任をとり軍主席を辞任し、後継に江沢民が就任することに。この結果、中国の民主化の芽は摘まれ大きく後退することに。

対外政策は、中越国境紛争(1978/08)での経験より軍の近代化を痛感、東西冷戦崩壊・ソ連の脅威後退という国際外交環境の変化を受けて、自国経済発展に専念すべく独自自主外交の原則を強調、親米・親日・反ソから対ソ関係改善の平和共存の全方位外交に転換することに。

ソ連との対立の中、米中接近後の米中関係は更に進展し、米中国交正常化(台湾とは断交:1979/01)、米中貿易協定(1979/07)、米中原子力協定(1985/07)と関係強化が促進。この影響により中台関係も、台湾への第3次国共合作提唱(1981/09)、中国建国35周年軍事パレード(ミサイルのデモ:1984/10)での示威、台湾の38年間の戒厳令解除(1987/06)、台湾内戦終結宣言(1991/04)と緊張緩和(台湾の軍事政策は、大陸反攻→攻守一体→専守防衛に)の方向に。

また、中ソ間の緊張は、中越国境紛争・ソ越友好協力条約・中ソ同盟条約破棄(1979/04)で最高潮に達するも、その後の国際環境の変化・中国外交の転換を受けて、中ソ経済技術協力協定(1984/12)・中ソ関係正常化共同声明・中ソ首脳会談・中ソ東部国境協定(1991/05)と関係修復を果たすことに。

 社会主義市場経済へ移行  1992年〜

国際環境は、ソ連・東欧の共産主義諸国が混乱に苦しみつつ、市場経済の導入・民主化への転換を果たし、東西対立の構図の一つが消滅するも、新たな対立要因が浮上。一つは軍縮の推進の中で、「朝鮮の核査察協定(1992/01)」・「朝鮮への制裁決議(1994/02)」・「国連、核実験停止決議(1995/12)」・「国連、包括的核実験禁止条約採択(1996/09)」・「印パ地下核実験(1998/05)」という核拡散の危機と核保有国と非保有国の対立が発生することに。

もう一つは、「アフガン内戦終結>(1992/04)・大規模内戦再発(1994/01)・反政府ゲリラ(タリバン)首都制圧(1996/09)」・「米国同時多発テロ(2001/09)発生」・「米国等アフガン空爆、地上戦開始(2001/10)、タリバン政権崩壊(2001/11)」という流れが象徴するように、民族紛争・独立紛争が、「平和維持に介入する先進諸国体制」対「紛争を抱える発展途上諸国のテロ組織」との対立構造に転換、場所を問わない対テロ戦争誘発することに。

中国経済は、「ケ小平の南巡講和(成長加速:1992/01)」・「社会主義市場経済宣言(1992/10)」・「高度経済成長追求(1993/03)」・「憲法改正(私有経済は重要な要素:1999/03)」・「西部大開発(四川・チベット等:1999/12)」・「全国15ヶ所に輸出加工区設置(2000/06)」・「年平均7%成長、ハイテク産業育成(2001/03)」・「2008年夏季オリンピック、北京開催決定(2001/07)」等の経済施策を受けて、外資流入・開発区ブームの招来、国債・財政投資による政府主導プロジェクト(インフラ・公益)の促進が実施され、投資主導・インフラ整備による飛躍的な経済成長を達成することに。

しかしながら、非国有企業との競争の中で、非効率な国有企業は停滞を深め、また雇用という形で都市住民を扶養する国有企業に投資が集中され、過剰生産・過剰在庫の積み上げと平行して銀行の不良債権も増加、また、重要事業領域に残る事業参入規制による国有企業の保護(独占・高価格)も大きな課題として浮上。総人口の70%を占める農民が、国民所得の17%しか占めない都市住民と農民との格差も問題に。

また市場経済導入に伴い制度整備も進め、「WTO(世界貿易機関)オブザーバ資格取得(1995/07)」・「IMF(国際通貨基金)8条国移行(1996/12)」・「WTO加盟2ヶ国間協議(関税・輸入数量制限撤廃)」・「WTO加盟2ヶ国間協議で日中妥結・米中妥結(1999/11)」・「中国、台湾のWTO加盟決定(2001/11)」と国際経済への参加を実現。

そして、WTO加盟条件の整備に向けて、「人民元のドルペッグ変動相場制への移行(1994/01)」・「上海と浦東での外銀の人民元取扱い業務開始(1997/03)」・「国有企業の株式制導入(1997/09)」・「関税引き下げ(1997/10)」・「証券法施行(1999/07)」・「銀行預金への利子課税導入(1999/11)」・「300万ドル以上の外貨預金金利の自由化(2000/09)」と徐々に規制緩和を進めることに。

外交面では、ソ連邦崩壊後のロシアとの関係樹立(軍事協力協定、中ロ共同宣言:1994/09)、全般的には融和外交の展開(「中韓国交樹立(1992/08)」、「中印国境協定(1993/04)」、「イラン向け原子炉売却中止宣言(1995/09)」、「香港復帰:1国2制度(1997/07)」、「日中韓首脳会談(1999/11)」、「マカオ返還:特別行政区に(1999/12)」)と柔軟であるが、領土・資源に絡んでは、「全人代での領海法(尖閣諸島、南・中・西沙群島は領海)採択(1992/02)」、「南沙群島の占拠拡大(1995/02)」でASEAN諸国とは緊張を増加させ、対日歴史問題での日本との確執・台湾問題・軍事力拡大(禁止前の地下核実験強行)等大国を志向した強行外交が全面にでることも。

中台関係は、「米国、F16戦闘機150機台湾に売却(1992/09)」・「中台会談(1993/04)」・「米国、中国への経済援助再開(1994/01)」・「中国、台湾海峡でミサイル実験(1995/07)」・「台湾沖で軍事演習継続(1996/03)」・「台湾総統選挙(李登輝総統:1996/03)」・「台湾総統選挙(陳水扁総統:2000/03)」を経て、平和統一問題のすれ違いより、安定的な状況から再度緊張関係が高まることに(台湾の軍事政策は、専守防衛→防衛固守・有効抑止→境外決戦)

 

 

    

 

 社会弊害顕著、調和社会建設へ  2002年〜

国際情勢は、軍事面では「テロの脅威の拡散」・「核の拡散抑止行動」・「世界の軍事費の拡大基調」・「米国の1極集中への牽制」等不安定な状況へ徐々に移行、また地球環境面では、「発展途上国の経済成長に伴う資源争奪外交の横行」・「資源浪費による地球温暖化等環境破壊・汚染の進行」等が国際共通問題として浮上。

         (ご参考:自然破壊   資源争奪   大気汚染   土壌汚染

テロの脅威は、民主化された政府が樹立されたアフガニスタン(「移行政府樹立(2002/06)」→「新政府成立(2004/12)」)、イラク(注1)においても、「外国人の人質問題」・「自爆テロの増大」・「宗派間、民族間対立の激化」等々日常的恐怖が今なお継続しており、また、世界各地(注2)に拡散・潜在化することに。

    注1:「査察を巡る国連決議受諾(2002/11)」・「米英軍、イラク軍事攻撃」・「フセイン政権崩壊(2003/04)」・「暫定政府成立(2004/06)」・「正式政府成立(2006/05)」

    注2:「チェチェン武装勢力、モスクワ劇場占拠(2002/10)」・「マドリードで列車同時爆破テロ(2004/03)」・「ロンドンで同時多発テロ(2005/07)」・「インドで同時列車テロ(2006/06)」・「パキスタン軍、赤い回教寺院突入(2007/07)」・「パキスタン、爆弾テロ(2007/10)」

核拡散は、核拡散防止条約(米露中英仏の5ヶ国以外の核兵器保有を制限)による核軍縮の推進の中で、「北朝鮮の核問題の発生」・「イランの核疑惑」・核拡散防止条約未加入のインドパキスタンイスラエルの核保有国の存在等で、テロ組織等への核流出・拡散の危機が顕在化。北朝鮮の核問題(注3)は、6者会議の中で合意形成(2007/10)がなされたものの、イランの核疑惑(注4)は「東欧へのミサイル配備計画」で米露対立、中露印外相会議での「米国の1極集中を牽制」等緊張が拡大。

    注3:「北朝鮮、核兵器開発表明(2002/10)」・「NPT脱退宣言(2003/01)」・「米中韓朝日露、6者会議(2003/08)」・「ミサイル7発発射(2006/06)」・「地下核実験、国連制裁決議(2006/10)」・「核問題、6ヶ国合意(2007/10)」

    注4:「イラン核、米英仏と中露依然隔たり(2006/05)」・「MD(ミサイル防衛)東欧配備、米露首脳、露軍施設視察で合意(2007/09)」・「米国、イラン核問題、深刻な結果も(2007/10)」・「露大統領、欧州通常戦力条約の履行停止、重ねて表明(2007/11)」

中国経済は、総書記・国家主席・軍主席の3権掌握による胡錦濤体制の盤石化とともに、WTO加盟による経済の国際化対応、輸出促進・輸入産業保護の通貨バスケット制導入(2005/07)、私有財産保護法などの採択(2007/03)、東北振興発展計画着手(2007/08)等政策展開を図り、既に導入された社会主義市場経済の累積効果ともあわせ、対外直接投資の飛躍的な増加、輸出入貿易総額の急増等「世界の工場」として高度経済成長を謳歌することに。

しかしながら、高度成長優先の政策は、国内・国外に社会的弊害を誘発して、「貧富の差、拡大への警告(2005/08)」、「5ヶ年計画の経済4大矛盾(貧富格差、教育・医療の不平等、失業者対応)の指摘(2005/11)」、「環境問題への対応要請」、「食品安全へのWHOの要請(2007/09)」等を受け、「和諧社会の構築を採択(2006/10)」、「成長至上主義からの転換(科学的発展観、環境・格差に対応)、和諧社会の構築(2007/10)」へと舵を切ることに。尚、政治体制は、「共産党指導の他党協力制度(現行専制体制)を維持」と表明(政党制度白書:2007/11)。

国際経済体制へ加盟し、高度経済成長を遂げた中国に対して、世界の各国から数々の要求が発生して、国際的な摩擦として懸案化、対応を求められることに。

★ 経済面では、「ECの市場開放と政治改革要求(2006/10)」、「中国外交・資源確保が露骨(2006/11)」、「IEA、中印に省エネ要請(2007/05)」、「欧州委の出資上限撤廃等金融開放の要求(2007/06)」、「海賊版・押収の86%が中国産(EU統計:2007/06)」、「WHO・食品安全で機構改革提言(2007/09)」等々規制緩和安全対策の強化の要請が。

★ 環境面では、国内の環境対策(水質・大気・海洋汚染・・)のみならず、世界共通の環境対策としての地球温暖化に向けた協力(「Co2排出量、中国世界1位に(2007/06)」、「アジアの大気汚染物質排気量、23年間で2.8倍に(2007/10)」)を求められることに。

外交面では米国の1極集中強化に対抗し、資源国外相会議・中露戦略関係強化等多次元的な多極化の形成を促進、対日関係も首相交代を契機に融和路線を模索、全方位等距離外交を展開。

★ 資源、外交軍事面では、「中露戦略的関係強化(2007/03)」、「上海協力機構、露で初の対テロ軍事演習(2007/08)」、「印中露外相会議、米国の1極集中を牽制(2007/10)」と多極化の形成を。また、世界の軍縮の流れもイラン核疑惑の中、米露対立で停滞、「有人宇宙船神舟5号打上(2003/10)」、「世界の軍事費、冷戦後初の1兆ドル(2005/06)」、「急拡大するBRICsの防衛産業近代化(2005/09)」、「衛星破壊実験、宇宙軍拡を招く(2007/01)」、「インド、中国に届く弾道ミサイル実験(2007/04)」、「初の月探査機嫦娥打上(2007/10)」等と不穏な情勢の中、軍事費増強と軍備近代化を促進。

★ 対日関係は、「西安で学生の反日デモ(2003/10)」、「反日感情高まる、日本企業標的(2005/04)」、「中国の歴史観、米国違和感、日中専門家会議提案(2005/09)」、「日本の歴史問題懸念、米国のアジア戦略と対立(2006/04)」、「中国、東シナ海で新ガス田開発着手、日本抗議(2006/08)」と前政権時代の対立深刻化から、政権交代に伴い「温家宝演説(2007/04)、対日姿勢変化(歴史問題・日本のODA評価)」、「日中ガス田協議平行線(2007/06)」、「日中が省エネ、環境対策で連携強化(2007/09)」と融和路線に転換することに。

内政面では、「香港、民主化のうねり(国家安全条約反対運動:2003/07)」、「中国、自由貿易協定拡大(経済、段階的一体化:2007/06)」と香港との一体化を促進するも、社会弊害(「重慶で住民暴徒化、土地収用に反対(2007/07)」、「労働争議増加(2007/10)」)・内紛(「チベット独立の落書き、中学生拘束(2007/10)」、「ダライ・ラマへ金メダル、米国へ抗議(2007/10)」)も噴出、また、台湾の独立志向で軍事緊張もさらに増幅する事態に。

★ 中台関係は、「台湾の独立志向、中国、軍事・経済両面で圧力(2004/06)」、「台湾、統一綱領廃止(2006/02)」、「台湾、教科書問題浮上、中国離れを反映(2007/02)」、「台湾住民投票(台湾名義の国連加盟)に米国が冷や水(2007/08)」、「台湾侵攻の能力誇示か、中国3軍、合同演習(2007/09)」と米国の現状維持政策にもかかわらず、台湾独立志向進展により軍事緊張が拡大。

 



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◆戦後中国の歴史年表

戦後中国の歴史 (最近5年間の関連記事
年代 出  来  事 備   考
<内戦・建国、国家基盤の確立>
1945 国共の内戦開始(11) 第2次世界大戦終結
1946 国民政府、南京に遷都(05)
米、ビキニ(太平洋マーシャル諸島)原爆実験
1947 中共、満州に人民政府樹立(09)
中共、中国土地法(土地所有権廃止)大綱を公布(10)
モスクワ外相会議、米 ソ対立。 コミンフォルム結成(ソ連圏の成立)
1948 米中(中華民国)、経済援助協定(07)
中共軍、北京入城(12)
ソ連、ベルリン封鎖
1949 英国、上海を中国に返還(05)
中華人民共和国成立(10)
中華民国、台湾旅行体験)に移る(12)
北大西洋条約機構(NATO)成立
1950 中共軍、チベットを除く全本土を解放(01)
中京軍、朝鮮戦争介入(10)
朝鮮戦争開始(6)
1951 中国・チベット政府、チベット問題の平和解決協定に調印(05)
中共軍、チベットのラサに進駐(9)
米・フィリピン、相互防衛条約調印。  国連、中国への戦略物資禁輸。 サンフランシスコ・対日講和条約、日米安全保障条約調印
1952 3反・5反運動(公務員らの不正摘発)開始(01) 米・西欧10ヶ国、戦略物資の共産圏輸出禁止協定
1953 中ソ、バーター貿易等協定(借款・発電所新設他)に調印(03)
朝鮮休戦協定成立(07)
日本、TV放送開始。 スターリン死去(ソ連)。 ソ連、初の水爆実験に成功
1954 中国軍、台湾の金門・馬祖両島砲撃開始(09)
中華人民共和国憲法公布(生産手段の集団所有・国有化)(10)
中ソ共同宣言(10)
米国・台湾、相互防衛条約締結(12)
米、ビキニ水爆実験。 仏、インドシナ休戦協定
1955 ソ連、旅順・大連を返還(02)
中共全国代表会議(第1次5ヶ年計画)開催(05)
アジア・アフリカ会議、平和10原則。 東欧8ヵ国、ワルシャワ条約調印
<共産化・大躍進運動、国防の整備、経済停滞へ>
1956 最高国務会議で「百花斉放、百家争鳴(科学・芸術発展)」提唱(01)
中ソ経済援助協定(04)
中共、8全大会(党内民主主義・集団指導原則)(09)
パキスタン、イスラム共和国成立。 ハンガリー暴動。 日ソ共同宣言(国交回復)
1957 中ソ共同宣言(01)
中国、全国人民代表大会(反右派闘争展開)(06)
中共、ソ連の平和移行論批判(11)
中国、モスクワで「米国帝国主義は張子の虎」発言(11)
ソ連、大陸間弾道弾(ICBM)実験。 ソ連、スプートニク1号打上成功
1958 中国・北ベトナム、援助議定書に調印(03)
中国、第2次全国大会(強大な社会主義国建設・大躍進運動)(05)
人民公社設立決議(08)
中国軍、金門島攻撃(08)
欧州通貨協定成立。 米国、大陸間弾道弾試射成功。 エジプトとスーダン、ナイル河の使用をめぐり軍事対立。親エジプト政権誕生で、和解、水利条約を調印。
1959 インドと国境問題紛争、チベット反乱(ダライ・ラマ インド亡命)(03)
各地で自然災害発生、食糧難で多数の餓死者(1959年から3年)
中共、8中全大会(大躍進運動で内部対立、林彪、国防相に)(08)
中印国境紛争(08)
中ソ対談(対立)(09)
キューバ革命、カストロ首相。 シンガポール独立。 ハワイ、米国50番目の州に
1960 中国、ソ連の平和共存政策批判を展開(04)
ソ連、科学技術協定など一方的破棄通告(技術者撤収)(07)
ビルマと国境条約調印(10)
日米、新安全保障条約調印
1961 中国・インドネシア、友好条約締結(04)
中国・ネパール、国境条約締結(10)
中国・北朝鮮、相互援助条約締結(11)
米国・キューバ、断交。 韓国、クーデタ、朴最高会議議長。 ソ連・朝鮮、軍事同盟
1962 拡大工作会議(毛沢東、大躍進自己批判、経済再建策黙認)(02)
中印国境紛争(10)
中ソ対立表面化(12)
中蒙国境条約調印(12)
ソ連・インドネシア、武器供与協定。 米国のキューバ封鎖事件
1963 パキスタントと国境協定調印(03)
中共、農村に社会主義教育(階級闘争・反修正主義)運動(05)
中ソ、共産党会談(モスクワ)決裂(07)
中国、南ベトナム解放戦線支持を表明(08)
米英ソ3国、部分核停止条約調印。 黒部川第4発電所完工式(23.4万Kw)。
1964 中国、初の原爆実験(10) トンキン湾交戦(米・北ベトナム)
1965 北ベトナムと経済技術援助協定調印(07)
チベット自治区成立(09)
米空軍の北ベトナム爆撃開始。 日韓基本条約調印。 第2次印パ戦争(カシミール

 

      

 

<文化大革命、路線闘争激化>
1966 5・16通知で、社会主義文化大革命(文化領域での主導権奪還・走資派排除)が口火を(05)
8期11中総会、プロレタリア文化大革命を正式に発動(08)
北京に紅衛兵旋風(08)
ソ連、中国共産党路線を厳しく批判(08)
ミサイル核兵器実験成功(10)
南ベトナム、全土に反政府・反米デモ拡大。 日本初の原子力発電所(東海発電所)が営業運転開始。 インドネシア、国連に復帰
1967 香港暴動(文革の影響で中国系共産党住民が)(05)
初の水爆実験(06)
ヨーロッパ共同体(EC)発足。 東南アジア諸国連合(ASEAN)結成
1968 8期12中総会、劉少奇(実権派)の追放を決議(10) ベトナム和平パリ会議開始。 チェコ事件(ソ連軍、チェコ領侵入)
1969 中ソ両軍、ウスリー川国境のダマンスキー島で衝突(03)
9全大会、毛林体制発足(後継者に林彪指名)(04)
新疆で中ソ武力衝突(08)
米国各地で、ベトナム反戦活発化。 朝鮮、大韓民国機乗っ取り事件
1970 中国、人工衛星打上成功(04)
9期2中総会、毛・林対立(憲法に後継者明記で)(08)
米軍、カンボジア出撃。 ソ連・西独条約調印
1971 林彪事件(クーデタ未遂、モンゴル領内で墜落死)(09)
中華人民共和国、国連加盟、台湾脱退(10)
東京電力福島1号機、営業開始。 富山地裁、住民側勝訴、三井金属控訴(イタイイタイ病)
1972 米中共同声明(台湾の中国帰属を確認)(02)
日中国交正常化調印(日本・台湾、外交断絶)(09)
北ベトナムと経済軍事協定調印(11)
生物兵器禁止条約調印(47ヶ国)。 米国、北爆強化、ベトナム港湾の機雷封鎖。 米ソ、SALT調印
1973 第10回党大会、ケ小平復活、文革の継続・「4人組」台頭(08) ベトナム和平協定調印。 東西ドイツ、国連加盟。 石油危機発生
1974 中国・南ベトナム軍、西沙群島領有を巡り交戦(01)
国産原潜(1970/12完成)を海軍に引渡す(08)
トルコ軍、キプロスへ侵攻。 ハワイ初の日系人知事誕生
1975 第4期全人代、4つの現代化(農業・工業・国防・科学技術)決定(01)
フィリピン・中国、国交樹立(06)
ECと外交関係樹立(09)
サイゴン陥落、ベトナム戦争終結。 米ソ宇宙船のドッキング成功
1976 天安門事件(民衆と軍警衝突、ケ小平の解任決議)(04)
中国・インド、関係正常化(04)
紅青ら4人組逮捕(10)
北ベトナム社会主義共和国樹立(南北統一)
1977 中国共産党中央委総会(4人組永久追放、ケ小平復活を決定)(07)
文革終了の宣言、新党規約(4つの近代化)発表(08)
横田めぐみさん拉致(新潟市)。 立川基地が全面返還。
<経済の改革・開放へ、民主化の停滞>
1978 日中平和友好条約調印(08)
中国・ベトナム、国境の友誼関で大規模衝突(08)
3中全会:4つの近代化路線決定(経済の改革・開放)(12)
カンボジア・ベトナム、国交断絶。 ベトナム・ソ連、友好協力条約調印(中国と対立)。 ソ連・アフガニスタン、友好協力条約調印。 EC首脳会議、新欧州通貨制度(EMS)決定
1979 米国・中国、国交正常化(米国・台湾、断交)(01)
中国軍、ベトナム攻撃(中越戦争勃発)(02)
中ソ同盟条約破棄通告(04)
米中貿易協定調印(07)
ベトナム軍、プノンペン攻略。 カンボジア・ポルポト政権樹立。 米国スリーマイル島で原発事故。 米ソSALTU基本合意成立。 ソ連、アフガニスタン侵入、カルマル政権樹立
1980 共産党5中全会(文革派4幹部の解任)(02)
中国共産党、党員憲法(脱毛沢東)公布(03)
国際通貨基金(IMF)正式加盟(台湾は除外)(04)
経済特別区の設置(深せん・珠海など4地区対象)決定(05)
ICBM発射実験(南太平洋海域で)、成功(05)
中国・ベトナム国境紛争発生(07)
中国、4人組(反革命集団)裁判開始(11)
タイ・ラオス紛争、ベトナム軍タイ領侵攻。 イラン・イラク戦争勃発。 インドネシア、反華僑暴動発生。 スウェーデン、国民投票で原発12基の2010年まで廃棄決定。
1981 6中全会(歴史決議:毛沢東の評価、功績第1、誤り第2(文革))(06)
中国、台湾に第3次国共合作を提唱(09)
中国、華北地区で軍事演習(現代戦を想定)(09)
3段階宇宙ロケットの発射実験、成功(09)
ポーランド、全土に戒厳令布告。 李登輝、台湾省主席就任
1982 中国政府、教科書検定問題で、日本に正式抗議(07)
中国共産党全国代表大会開催(4つの近代化、民主化強調、所得4倍増計画提案)(09)
第5期全人代第5回会議開催、憲法を改正(民主制の拡大)、人民公社廃止(12)
英、アルゼンチン紛争(フォークランド紛争。英国の勝利、領有権は調停中)。 中曽根康弘内閣成立。
1983 核反撃作戦の演習、4発連続発射に成功(09)
国際原子力機関に加盟(10)
大韓航空機サハリン沖撃墜(ソ連)。 ラングーン爆破テロ事件(韓国閣僚死亡)。 ビルマ、朝鮮と国交断交
1984 通信衛星(静止衛星)打上成功(04)
沿海開放都市(大連・青島・上海等14都市が対象)を制定(05)
中国製原潜が就航(09)
中国、共産党中央委総会(都市の経済体制改革決議)(10)
建国35周年の軍事パレード(ミサイルのデモ・台湾に示威)(10)
香港返還、中英合意書調印(12)
中ソ経済技術協力協定調印(12)
イラン・イラク、報復戦再燃。 朝鮮・東独、友好協力条約調印。 核燃料サイクル施設群の青森県立地構想、電気事業連合会が正式表明。 蒋経国、総統再選。李登輝台湾省主席、副総統に当選。 自由化政策(競争原理の導入)施行、トルコ
1985 沿海開放地帯(長江・珠江デルタの3地域)を制定(02)
人民公社解体完了(06)
米中原子力協定調印(07)
日中原子力協定調印(08)
中国、日本の首相の靖国神社参拝を批判(08)
天安門広場で日本の内閣打倒の学生デモ(09)
イラン・イラク、相互に都市攻撃(ミサイル)再開。 ソ連、北朝鮮、原子力発電所建設協力協定に調印。
1986 アジア開発銀行正式加盟(03)
GATT加盟国の地位回復を申請。人民元初の切下げ(07)
モンゴルと領事条約調印(08)
中国、安徽省合肥で民主化要求学生デモ、各地に拡大(12)
ニューヨーク株式市場、大暴落。 ソ連、チェルノブイリ原発事故。 ベトナム、ドイモイ(刷新)路線採択
1987 天安門広場で、民主化要求の学生デモ(01)
中国・ポルトガル、99年マカオ返還に調印(04)
台湾、38年間の戒厳令解除(06)
チベット、独立要求の反乱(10)
第13回党大会、改革・開放路線推進を決議(11)
ソ連、ペレストロイカ (改革)開始。 ニューヨーク株式、再度の大暴落(暗黒の月曜日)。 米ソ、INF(中距離核兵器)全廃条約調印
1988 チベット自治区、独立運動で騒乱(02)
海南島を省に昇格、経済特別区に指定(03)
中国・ベトナム艦船、南沙群島で交戦(03)
第13期3中総会、89年の価格改革を棚上げ、インフレ対策優先(09)
モンゴルと国境条約調印(11)
中ソ首脳会談で基本合意(12)
ソ連、アフガニスタンから撤退。 イラン・イラク戦争終結。 ビルマ、国軍の軍事クーデター
1989 チベット、ラサで独立要求デモ、ラサに戒厳令(03)
天安門広場に100万人集結、北京に戒厳令(05)
中ソ関係正常化(30年ぶり)の共同声明(05)
天安門の悲劇(政府、暴乱と規定・武力制圧、死者多数)(06)
第13期5中全会(ケ小平、軍事委員会主席辞任、後任江沢民)(11)
アフガニスタン、内戦勃発。 ベトナム軍、カンボジアから撤退。 ハンガリー、新国家体制発足(改革推進)。 ベルリンの壁崩壊。 米ソ首脳、マルタ会談(冷戦終結宣言)
1990 北京戒厳令解除(01)
中ソ首脳会談(04)
サウジアラビアと中国、国交樹立(07)
中国初の証券取引所、上海に開設(12)
ソ連、共産党の1党独裁を放棄、市場経済導入。 リトアニアの一方的独立(ソ連邦からの)宣言。 両ドイツ、経済統合条約調印。 イラク軍、クエートに侵攻・制圧。 国連安保理、対イラク制裁決議。 ドイツ統一達成
1991 台湾、中国との内戦終結宣言(04)
中ソ東部国境協定調印(05)
揚子江流域、大水害発生(07)
中国・ベトナム、完全正常化を宣言(11)
核拡散防止条約に加盟(12)
第一次湾岸戦争勃発。 ソ連、保守派クーデター失敗。共産党解体。 バルト3国、ソ連邦より独立。国連に加盟 。 カンボジア和平パリ国際会議、最終合意文書調印。 NATO首脳会議、ローマ宣言(冷戦構造消滅)。 ソ連邦消滅。独立国家共同体(CIS)創設
<社会主義市場経済へ移行>
1992 ケ小平の南巡講話(改革・開放政策の堅持と経済成長の加速)(01)
全人代領海法採択(尖閣諸島、南沙・中沙・西沙を領海と明記)(02)
中国、韓国と国交樹立(08)
米国、F16戦闘機150機を台湾に売却(09)
中国、第10回共産党大会で社会主義市場経済(国有企業の経営権確立・株式含む各種市場の育成等)を宣言(10)
朝鮮、国際原子力機関の核査察協定。 ロシア市場化政策導入(価格自由化)。 モンゴル、民主憲法発効(社会主義一掃)。 アフガニスタン、内戦終結。 ロシア民営化(国有財産払い下げ。1996年までに約半数が民営化)
1993 第8期全人代大会(高度成長路線追求、江沢民、国家主席に)(03)
中国・台湾会談(04)
四川省仁寿県で農民暴動(06)
中印国境協定調印(09)
中国・ロシア、軍事協力協定に調印(11)
化学兵器禁止条約調印(130ヶ国)。 米ロ、STARTU調印。 ロシア、最高会議派を制圧(モスクワ流血騒乱)。 欧州連合、マーストリヒト条約。 ハワイ王朝転覆100周年記念式典、ハワイで
1994 米国、中国への援助再開(01)
元、管理型(ドル・ペッグ)変動相場制へ移行(01)
台湾で憲法改正(総統の直接選挙へ)(07)
中ロ共同宣言(09)
アフガニスタン、大規模な内戦開始。 IEA、対朝鮮に制裁決議。 ロシア、ルーブル大暴落。 ロシア軍、チェチェン攻撃

 

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1995 中国、南沙群島の占拠拡大(02)
WTOオブザーバ資格を取得(07)
中国、台湾海峡でミサイル実験(07)
地下核実験(43回目)実施(08)
中国、イラン向け原子炉売却中止を言明(09)
世界貿易機関(WTO)発足。 村山首相謝罪(植民地支配と侵略)。 米国・ベトナム 、国交樹立文書調印。 国連、核実験停止決議
1996 台湾沖で軍事演習継続実施(03)
台湾総統選挙(李登輝候補当選)(03)
尖閣諸島に灯台建設、中国、日本に抗議(09)
南ア、台湾と断交(11)
IMF8条国に移行(12)
英国、牛肉(狂牛病)を全面禁輸。 ロシア・チェチェン停戦。 国連、CTBT(包括的核実験禁止条約)採択。 アフガニスタン、反政府ゲリラ(タリバーン)首都制圧
1997 新疆ウイグル自治区で民族暴動(02)
外銀の人民元取扱い業務(上海・浦東地区に限定)開始(03)
香港復帰、1国2制度スタート(07)
WTO加盟、2国間協議(関税率引下げ・輸入数量制限の撤廃の合意)が終了(09)
第15回全国大会開催、株式制導入等改革強調(09)
関税率の引下げ(4800品目、平均6%引下げ)を実施(10)
香港株式市場、再度の暴落(10)
日本、動燃再処理施設で爆発。 化学兵器禁止条約発効。 ロシア・チェチェン、和平条約。 欧州連合(EU)、単一通貨(ユーロ)発足。 アジア通貨危機
1998 長江・松花江など洪水被害(08) インド・パキスタン、地下核実験
1999 全人代で憲法改正(私営経済は重要な経済構成要素)(03)
WTO加盟日中交渉妥結(07)
中国、証券法を施行(07)
気功集団・法輪功を非合法化(07)
台湾、大地震発生(09)
WTO加盟米中交渉妥結(11)
銀行預金への利子課税を導入(11)
日中韓、初の首脳会談(11)
マカオ返還、特別行政区に(12)
西部大開発(地域格差縮小の為、四川・チベットなど西部内陸部に重点投資)に着手(12)
ユーロ誕生(11ヶ国、後にギリシャ参加)。 コソボ紛争で、NATO軍ユーゴ空爆。 ユーゴ軍、コソボより撤退。 台湾中部大地震。 ナミビア、ボツワナ、ザンビアで、国境地帯の水源地をめぐって軍事衝突。国際司法裁判所に提訴。 パナマ運河、米国からパナマに返還。
2000 全国15ヶ所に、輸出加工区を設置(06)
中国最大の中国銀河証券が正式に発足(08)
300万ドル以上の外貨預金金利を自由化(09)
南北朝鮮首脳、平壌で初会談。 南北朝鮮、離散家族ソウルで再会
2001 第10次5ヶ年計画(年平均7%成長、ハイテク・サービス産業等育成・発展)を採択(03)
2008年の夏季オリンピック、北京開催が決定(07)
中国・台湾、WTO加盟決定(11)
米国、同時多発テロ発生 。 米国等、アフガニスタン空爆 ・地上作戦開始。 アフガニスタン、タリバン政権崩壊
<成長加速・社会弊害が顕著に、調和社会に向けて>
2002 第16回党大会(党総書記に胡錦濤)(11) 米ロ、戦略核削減条約。 アフガニスタン、移行政府成立。 朝鮮、核兵器開発表明。 チェチェン武装勢力、露劇場占拠。 イラク、査察巡る国連決議受諾
2003 胡総書記が国家主席に就任(03)
香港、民主化のうねり(国家安全条例への反対運動)返還6年歴史的試練(07)
中国、有人宇宙船「神舟5号」打上(10)
中国西安で、学生の反日デモ発生(10)
朝鮮、NPT脱退宣言。 米・英軍、イラクに軍事攻撃。 フセイン政権崩壊、米英軍占領。 朝鮮の核、日米韓中露朝6者会議
2004 台湾の独立志向に牽制強める中国、軍事面・経済面で圧力も(06)
胡総書記が、党中央軍事委主席に就任、3権掌握(09)
マドリードで列車同時爆破テロ。 EU憲法採択
2005 中国農業衰退、輸入国転落。開発で離農増、世界の食糧に影響(02)
中国 通貨バスケット制度導入、人民元を2%強切上げ(07)
中国の貧富格差拡大、5年後赤信号 政府機関が警告(08)
5カ年計画の経済4大矛盾(貧富の格差、教育・医療の不平等、失業者対策)指摘。党中央、政府に解決迫る(11)
日本企業が標的、中国で反日感情。 初の1兆ドル超、世界の軍事費。 ロンドンで同時多発テロ発生。 歴史観、日中専門家協議を米提言。 BRICsの防衛産業 近代化進む
2006 台湾、統一綱領を廃止(02)
中国、東シナ海で新ガス田開発に着手 日本政府が抗議(08)
第16期6中総会で調和社会構築を採択(10)
中国に市場開放と政治改革を要求…EUが対中新政策(10)
日本の歴史問題、米アジア戦略と対立。 イラン核新局面 、米英仏と中露、依然隔たり 石油権益絡み対応難航。 朝鮮 、ミサイル発射7発。 インドで同時列車テロ発生。 タイ、クーデターで政権崩壊。 朝鮮、地下核実験。 国連安保理、制裁決議。 中国外交 資源確保に露骨な思惑
2007 衛星破壊実験。宇宙軍拡を招く中国の挑戦(01)
台湾:歴史教科書問題が浮上 中国離れを反映(02)
中露首脳が会談、戦略的関係強化で共同宣言(03)
「私有財産保護」法など採択し閉幕 中国全人代(03)
温家宝首相演説 中国の対日姿勢に変化(歴史問題・日本のODAへの評価)が見えた(04)
日中ガス田協議は平行線(06)
香港・中国、自由貿易協定を拡大(経済、段階的一体化)  返還10年に合わせ(06)
CO2排出量:中国が世界1位に オランダの研究機関推計(06)
海賊版押収の86%が中国産 EUの06年統計(06)
外資の出資上限撤廃を…欧州委員、中国に金融開放求める(06)
中国重慶市で住民暴徒化 土地収用に反発(07)
台湾の住民投票(台湾名義での国連加盟)に米が冷や水 台湾は強行突破の構え(08)
1人当たりGDP倍増…中国「東北振興」で発展計画(08)
中国の海洋汚染が深刻化(08)
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中国、労働争議が増加(10)
中国共産党大会開幕、胡主席が成長至上主義から転換表明(科学的発展観:和諧社会(調和の取れた社会)建設、環境・格差に対応)(10)
米国・中国の資源争奪。 リスクを抱える世界経済。 印 、中国に届く弾道ミサイル実験。 IEA、省エネを中国・インドにも要請。 パキスタン軍、回教寺院へ突入。 サブプライムで日米欧資金供給。 アフガンの韓国人人質全員解放。 MD東欧配備、米露首脳が米専門家の露軍施設視察で合意。ミャンマー軍事政権支える中印  豊富な地下資源を確保。 アフガン自爆テロ増大、日常的恐怖。 北朝鮮の核問題、6カ国協議合意。 ミャンマー弾圧「強く遺憾に思う」、国連人権理が決議採択。 アジアの大気汚染物質排出量、23年間で2・8倍に。 総選挙での街頭運動禁止へ、パキスタンで爆弾テロ受け。 米副大統領、イラン核問題「深刻な結果も」・開発阻止を強調。 トルコ軍300人がイラク北部に越境 PKK掃討
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◆語句説明

○毛沢東(1893年〜1976年)

湖南省出身。国民党との内戦に敗れ、長征中の1935年に党の主導権を確立、第2次世界大戦終了後の国共内戦を征し、1949年10月に中華人民共和国を樹立。外交面では、中ソ友好同盟条約(1950/02)を締結しソ連との友好関係を構築。しかしながらスターリン批判以後は、ソ連の平和移行政策と対立し反米・反ソの政策を展開。尚、後に米国とは米中共同声明(1972/02)により関係改善を図る。内政面では、大躍進運動(1958/05)・文化大革命(1966/08)・林彪事件(1971/09)等を通して、「中国の救世主」としての評価を落とすことに。

○ケ小平(1904年〜1997年)

四川省広安県出身。1920年、16歳でフランスへ留学、1926年モスクワに渡り共産主義を学ぶ。1946年以降の国共内戦で大きな戦果を収め、1956年には中央委員会総書記。大躍進政策の失敗後、ケ小平(共産党総書記)は国家主席の劉少奇と経済を再建。しかし文化大革命の勃発で「劉少奇に次ぐ党内第二の走資派」と批判されて権力を喪失。1973年周恩来の協力で復帰するも、第1次天安門事件(1976年)で再び失脚、同年毛沢東が死去すると後継者の華国鋒を支持し、四人組の逮捕後1977年に再々復権を果たす。

1989年の第2次天安門事件後、趙紫陽の解任を決定した上で江沢民を総書記へ抜擢。党内の路線対立を収束し、改革開放路線を推進するのに決定的な役割を果たした。1992年に南巡講話を発表、経済発展の重要性を主張。以後、中華人民共和国は急速な経済発展を進めることになった。生涯に3回の失脚を乗り越え、史的唯物論の視点に基づく「改革開放」政策によって中華人民共和国の市場経済化に手を着けた。

○江沢民(1926年〜)

江蘇省揚州市出身。1989年の天安門事件後に失脚した趙紫陽の後任として、ケ小平より党総書記に抜擢される。以後、国家主席、中軍委主席、国家中央軍事委員会主席を務めた。総書記就任後は、改革開放政策を継承し経済発展を推進。その一方で、大国意識を剥き出しにした対外強硬路線が目立つようになり、1996年の台湾海峡にミサイル発射(台湾総統選挙への圧力。米軍の緊急展開)、CTBT採択直前の核実験の強行(世界が批判)等国際情勢を緊迫化させた。2000年2月に、共産党の政権奪取によって階級闘争は終了したとして、永続的な階級闘争を否定する「3つの代表」思想を提起。また、野放図な経済発展よる地域間格差環境破壊などの負の遺産も残し、2002年には総書記を退任(後任:胡錦濤)した。在任中の反日教育の徹底が、今日の日中関係悪化の原因となった。

○胡錦濤(1942年〜)

江蘇省姜堰出身。清華大学卒業後水力発電所の技師に。安徽省の中国共産主義青年団で政治活動を始め、抜群の記憶力で急速に昇進、1989年のチベット独立運動弾圧・沈静化と経済建設で成果をあげ、頭角をあらわす。2002年に江沢民の後任として総書記就任後、国家主席、中軍委主席、国家中央軍事委員会主席を務める。

急激な経済成長にともなう前政権の負の遺産(腐敗対策、不平等の改善、社会不安の解消など)の払拭と権力の確立に向け難しい舵取りを迫られている中、2007年の再任で権力基盤を確立、科学的発展観に基づく和諧社会の建設を提起。成長至上主義を転換して、貧富格差、教育・医療の不平等、失業者対応等「環境と格差」への対応を図ることに。

 

○大躍進運動

共産革命後の中華人民共和国で、近代的な共産主義社会を作ることを目的に、1958年から1960年まで実施された農工業の大増産政策。しかし、農村の現状を無視した強引な集団農場化や、農村での鉄鋼生産などを進めた結果、折からの長期間に渡る自然災害とも重なり、多数の餓死者を出し大失敗に終わった。このため毛沢東の力は低下し、この権力の回復を目的に文化大革命が起こることに。

○人民公社

1958年の大躍進運動の開始と共に合作社の合併により組織化され、生産手段の公社所有制に基づく分配制度が実施される。 これにより農村では、人民公社と呼ばれる地区組織をひとつの単位とした社会の中で、その全ての住民が生産、消費、教育、政治など生活のすべてを行うようになった。大躍進運動の失敗後に続く文化大革命の終結後、1978年の生産責任制の導入により、人民公社は実質的に機能を停止、1982年の憲法改定により解体される。

○文化大革命

大躍進政策の失敗後、修正主義への路線転換がなされ、危機感を深めた毛沢東の仕掛けた大規模な権力奪還闘争、第1次天安門事件後の4人組逮捕・追放で終結。共産党指導部に煽動された暴力的な大衆運動によって、事業家などの資本家層、学者・医者などの知識人、政敵(修正主義者)等が弾圧・粛清の対象となり多くの人材や文化財などが甚大な被害を受けた。

文化大革命は大きく3段階に分けられ、第1段階は紅衛兵結成(1966年)から林彪が文化大革命を宣言(1969年)するまで。第2段階は毛林対立・林彪のクーデター未遂、第10回党大会における林彪事件の総括(1973年)まで。第3段階は毛沢東の死・第1次天安門事件・文革の批判・四人組逮捕(1976年)を経て、4人組永久追放・文革終了宣言(1977年)までとなる。

○経済特区

1978年から始まった中国の改革開放政策の一環として設置されたのが経済特区であり、中国の経済発展を支えてきた。進出する外国企業に対する輸出入関税の免除、所得税の3年間の据え置きなどの優遇措置を実施するとともに、賃金や人事管理制度の改革、企業の経営自主権の保障など経済体制改革の試みが実施されている。1984年には、経済特区に続く対外開放政策として、上海等の14の沿岸都市が経済技術開発区に指定され、その後内陸部にも開放政策が広まったため、経済特区としての存在意義は薄れてきている。

○チベット問題

中華人民共和国建国後、国内統一に向けた軍事制圧を進める中で、チベット政府との平和協定に調印(1951年)、ラサに進駐。その後、インドとの国境紛争に絡んでチベット政府が中国の支配に反乱(1959年)を起こし、ダライ・ラマはインドに亡命し亡命政府を樹立、国外での平和的独立運動を展開。チベットは1965年に中国の自治区に。その後、幾度と無く独立要求の騒乱が発生現在に至る。チベット問題は、独立問題と難民・抑圧等の治世上の人権問題集約される。

○日本の対中経済協力

★日本の援助実績(2006年度まで)
     (1)有償資金協力(E/Nベース)約3兆2,702億円
     (2)無償資金協力(E/Nベース)約1,495億円
     (3)技術協力実績(JICAベース)約1,601億円

★日本からの直接投資
   1979年から2006年末までの累計579.8億ドル(実行ベース、中国側統計)

 



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